ウーロンゴン・ラブ・フェスティバル−ある一つの実験的政治

アレキサンダー・ブラウン

徳永理彩訳

以下の文章は、2019年3月16日に東京外国語大学で行なったシンポジウム「政治としての愛」で報告されたものです。元の英文はこちらで読めます。

まずは本日の企画者と参加者の皆様にお礼を申し上げます。オートノミーの理論と実践に関心を持ち、2010年11月にウーロンゴン大学の第一回目のシンポジウムに集まったアクティビストと研究者による緩やかなネットワークが生まれてから、10年近く過ぎた。日本とオーストラリアを中心とするわたしたちのネットワークは、ヨーロッパやインドネシア、中国に拠点を置く同志たちを含んで拡大してきた。それは、この間わたしたちがお互いの家に滞在し、食事や悲しみや抗議や喜びを共有してきた、コスモポリタンな人生の旅路を含んでいる。わたしたちの小さなネットワークと、相互扶助とケアの実践についてわたしは言及している。どうしてかというと、それは今日の話のテーマであるラブ・フェスティバルとは、社会生活の現代的形態はプレカリアスである一方、それはまた緩やかで重なり合うネットワークによって構築され支援されている、という理解のもとに着想された政治的プロジェクトだからである。ニックは「連帯チーム(solidarity teams)」という考えを「お互いをケアし、そして、それぞれが社会にポシティヴな影響を及ぼそうとする努力の価値を認め合う人々のグループ」と定義して言及している。これらのグループは、例えば家族や友人のつながりに基づいているものや、共通の利害、経験、政治的取り組みに基づいている場合もある。わたしたちが作ってきたこの小さなリサーチ・ネットワークはこうした「連帯チーム」の一例として考えうると、わたしは示唆したい。それが確かにそうであることは、わたし自身の人生が証明している。自分自身を脱し、乗り越えていく、社会的・政治的領域における関与のみならず、顕著な個人的な成長を促すものとして。

ラブ・フェスティバルの背景

ある意味でラブ・フェスティバルの物語の始まりは、わたしたちのリサーチグループが2012年12月に「危機とコモンズ」というシンポジウムでこの部屋に集まった時だった。このシンポジウムは個人的に誇らしいモメントで、わたしたちのトランスナショナルな連帯チームの強さを示したと感じる出来事だった。この出来事のインパクトは、計測は難しいがわたしたちのネットワークを通じて何年も反響・残響してきた。例えば、二人のオーストラリアからの参加者にとっては、2年間中国に移ることを決意するのにある程度の役割を果たし、かれらは中国で地元のアクティビストとコンタクトを持ち、オートノミストのテクストを中国語に翻訳するプロジェクトに参加することになった。わたし個人にとっては、昨年末に家族と共に日本に戻るという決定をするのに影響を及ぼした。すなわち、このリサーチグループのメンバーによる支援によって促された移動なのである。しかしながらこのシンポジウムは疲弊する経験でもあり、自己と他者へのケアの提供を抑制するアカデミアの公的な陥穽を感じる場でもあった。アカデミックな企画として有意味なものを準備するために奮闘し、シンポジウムの週末の間、ほとんど眠ることができなかったのは一人ではない。理論がわたしたちの議論の多くを占め、こうしたアカデミックな空間における参加にまつわる顕著な障壁に改めて気付かされた。

2012年シンポジウムの後、わたしは楽しくて祝祭的環境に重きを置いた、学問の世界の虚飾を投げ捨てうる別種の試みを協働する可能性についてニックと話し合った。その試みが、わたしが東京で観察してきた反原発運動やさらに広範な運動現場における政治と実践の多くを包含したものになることを願った。2012年シンポジウムの山場の一つは、一例として、当時わたしとタクと一緒に住んでいた若いスイスのアクティビストのおかげでわたしたちが楽しんだ美味しい食事だった。かれの食事を食べながらのわたしたちの会話と、そこにかれが込めた優しさは、ウーロンゴン・ラブ・フェスティバルにおけるフードの中心的役割を生み出す助けとなった。ラブ・フェスティバルのイベントの最初の呼びかけ文は、こうした背景を次のように要約している。

2010年と2012年に開催された二つのシンポジウムから部分的にインスパイアされ、しかし、アカデミックな厳格さを打ち破り、多様な愛の文化的実践の共有地点を見つける交差点を創造することを求める。このフェスティバルは昨今のグローバルなフェミニズム運動の再興、グローバルな平等な愛のキャンペーン、ウーロンゴン大学で行われている「愛を読む読書会 (以下ラブ読書会)」にもインスパイアされている。

ラブ:アート、アイデア、音楽、政治

ラブ・フェスティバルを組織する第一段階は、愛の政治についてさらに思考することだった。ニックとわたしはそれ故、試されて真の方法を採用した。すなわち読書会の開催である。読書会は連帯チームの発展にとって完璧なフォーマットのように思えた。わたしの政治的かつ知的生活において、読書会はしばしば新しい考えを実験し、新たな関係を発展させるのに鍵となる役割を果たしてきた。わたしが関わった初めての主要な政治的グループは、ウーロンゴンでの小規模なアクティビストのコレクティブで「レボリューショナリー・アクション」という名称だが、これはニックとわたしたちの友人で2012年のシンポジウムで報告したデイブとの読書会から始まった。本日のセミナーの背景にあるリサーチ・グループもまた、オーストラリアと日本での読書会の産物である。

2013年にラブ読書会を始めた時、わたしたちはすぐに何かが難しいことに気がついた。第一に、読書会のジェンダー構成がより均衡が取れていたことである。圧倒的に男性が中心に高度に理論的読書会に長年関わった経験から、これは非常に歓迎されることだった。この点はアカデミアにおける理論のジェンダー化された政治と、急進的理論でさえ高学歴男性の視点を容易に特権化する傾向があることについて何かを指摘しているとわたしは感じた。第二に、ラブ読書会はアカデミアや学生ではない人たちをより引きつけることができた。第三に、読書会の議論は重要な在り方で個人的なことと政治的なことが融合した。ラブ読書会は主にわたしがすでに知っている人々によって構成されていたが、読書会で議論されたアイデアを実践しうるラブ・フェスティバルを組織する計画と最終的に結びつけるという共通目的を持った新たなコレクティブを作るのを助けた。わたしたちは実践する愛を完全に具体的に実現された実践する愛を探求することを目指し、ラブ・フェスティバル企画の第一の呼びかけを準備した。

フェスティバルは、誰もが相互に気遣うことが奨励され、食事の準備、子どもの世話、掃除に協力し、全てが円滑に運営されることを確かにすることを助けるという、愛の倫理に基づく一時的「コミューン」として考えることができるでしょう。

2014年4月に1回目のフェスティバルが開催されるまでに、この考えを実践に移すにはほぼ一年の準備期間を要した。フェスティバルは、オーストラリア共産党の保養所としてかつて使われたシドニー西部のミント・ブッシュキャンプで開催された。最終的にわたしたちはイベントを「ラブ−アート、アイデア、音楽、政治」という名称にすることを決めた。イベントは2日間で約70名の参加者を集め、多くは会場の小屋やテントに滞在した。イベントに対する肯定的感想は、第2回目のイベントを2016年に実施することを促した。第2回目のフェスティバルは、ウーロンゴンにより近いキアラ山の麓にあるクムバヤー・キャンプというガールスカウトキャンプ地で開催された。わたしたちはさらに志高く3日間の日程を組織し、フェスティバル前の別個の公開ワークショップによって準備したランタンパレードも実施することを決めた。第二回フェスティバルに向けたわたしたちの積み重ねた経験と大きな野心は、イベント全体への100名以上の参加者によって報われた。

公式なイベントのプログラムは大半がワークショップだった。わたしたちはワークショップのファシリテーターに出席者の参加を最大化するように要請した。ワークショップの主題は多岐に渡った。わたしたちは議論中心のワークショップと参加者が創造的実践に携わることのできるワークショップを促した。2017年のラブ・フェスティバルでは、例えば、創造的ワークショップには歌、創作文章、踊りを通じた愛の探求を含んだ。議論を中心とするワークショップは、共感、虐待から自分を守る、愛とセックスと民主主義、死、愛の政治、愛する男たち、パーマカルチャーと地球の愛、「愛とは何か?」問題などのテーマがあった。わたしたちはネットワークを通じてワークショップ参加者を募ったが、連帯チームとコミュニティでのフェスティバルとの繋がりがあり、より広い参加を促すとわたしたちが考えた多くの個人を招くこともした。公式プログラムのもう一つ重要な点は、全員参加のセッションをイベントの冒頭と最後に設け、初対面であるかもしれない参加者が互いに知り合い、ワークショップの参加とインフォーマルな社会的交流を促した。

わたしたちは空腹を満たすためのフードチームを組織し、ワークショップと公式な内容への十分な時間と、非公式な愛の労働を人々が行う空間とのバランスが取れたプログラムを作ることを試みた。これには夜間のコンサートや、愛にまつわる様々なたたかいに関連した映像を選んだ上での上映会が含まれた。わたしたちの「一時的コミューン」がいかにうまく機能したのか、わたしたちは嬉しく驚かされた。食事の準備や子どもの世話、掃除といった前述した事柄を手伝うボランティアが不足することはなかった。両方のフェスティバルでの締めの全体セッションでは、参加者はそれぞれの経験を話した。多くの人たちにとって、フェスティバルはアクティビストの燃え尽き経験を再考し、愛、楽しさ、コミュニティへの欲望と政治的アイデアとを再度結びつけることを助けた。

連帯チームの組織化

グローバルな不確実性に直面し、世界の多くの人々が人種的・国民的連帯に基づく排他的愛の形態を受け入れる時代に、わたしたちの多くはわたしたちが一体化できるオルタナティブなコミュニティの構想を理解しようと苦闘している。過去数十年にわたるアイデンティティの概念における革命は、連帯を組織化する基盤としていかに問題含みであるかを示してきた。多くが重なり合い、一定せず、複合的であるアイデンティティと、広義のコミュニティにおける個人としてわたしたち自身を構築するのを説明するのに、主体性の概念が今では多く使われるようになっている。ある種の現代の愛に関する理解が愛を二者の排他的結合かアイデンティティと同一性の結合関係の中で固定されたものとして理解する一方、わたしたちが探求してきた愛の概念は包含的で無制限なものである。固定された愛の定期を求めるよりも、わたしたちは愛の複数の定義や実践を探求してきた。わたしたちが組織した2回のフェスティバルは、特定の愛の側面の探求に関心と情熱を持ったボランティアによって行われた複数のワークショップでの開放的アプローチを受け入れることで可能になっていった。

ラブ・フェスティバルについてのわたしの考えにおける重要な前提の一つは、マルティチュードとしての現代プロレタリアートの構造理解だった。ウーロンゴンは労働運動と共産主義運動の長い歴史を持つが、これらの運動はわたしが1990年代後半に世の中が分かる年齢になった時分には深刻に衰退していた。しかしながら、これら旧来の運動の危機から、中央組織構造に欠けるが抵抗の集合的文化を産出する数多くの方法において重なる広範な社会運動が興隆してきた。わたしがここ東京で見てきたもの、そして他にも世界中で報告されてきたのはこのパターンだった。では、いかにこの文脈で政治的に組織化するのか?

2013年8月にオーストラリアに戻ってすぐにウーロンゴンを見て回ると、わたしはたくさんの組織化とたくさんの社会的連帯を観察した。しかしながら、この活動の多くは断片的で、これらの分離した諸運動の内部で多くの人が感じている疎外感や孤独感は明白だった。ニックが今日報告した、楽観的な愛のビジョンは、疎外、孤独、絶望が広く経験されていることからわたしたちの多くにとって思考を刺激するものである。ラブ・フェスティバルの構想の一部は、わたしたちは一人ではなく、複数の方法で社会変化やより民主的で平等な社会諸関係を目指してたたかっているわたしたちのような人が他にもいることを、自らに思い起こさせることだった。フェスティバルはコモンズをつくる(commoning)プロジェクトとして着想された−社会的連帯の多様な個人化された経験を共に描き、そこでお互いを発見できる一時的空間を創造する。その目的は、これらの折り重なるネットワークと連帯チームにおける既存の愛の形態を認識し、祝い、そして拡大する愛の行為としてこれらのネットワークのさらなる混交を促進することだった。

結論:愛について話す場所

「ラブ・フェスティバル」という用語を、特にこうしたアカデミックな場で耳にするのは日常的ではない。わたしとラブ・フェスティバルを組織した仲間の経験では、わたしたちのプロジェクトを話す際の最もよくある反応は、居心地の悪い忍笑いといったもので、おそらくラブ・フェスティバルは一種のワイルドなパーティに違いないという考えによるのだろう。このイメージは、セックス、麻薬、ロックン・ロールが学生運動と平和運動の基本を作ったと言われる1960年代、70年代のカウンターカルチャーについての、わたしたちのステレオタイプ的理解と結びついているようだ。しかしながら、ラブ・フェスティバルについて話すときに人々の経験する不快感は、愛について話すときにわたしたちすべてが感じるより一般的な不快感という症候と深い意味があるようだ。近代性において、愛とは大半が個人化され、ロマンティックな二者関係と家族に限定される。わたしたちはラブ・フェスティバルを「愛−アート、アイディア、音楽、政治」と呼んだが、その理由は愛とこれらのすべての多様な社会的実践の明白なつながりを作りたかったからだ。わたしたちは政治に愛を再注入したかったし、人々が真剣な方法で愛について語るために集まることができる空間を創造することで愛に政治を再注入したかった。

2014年と2017年の2回のラブ・フェスティバルの組織化を通じて、わたしたちは献身的な組織者たちのグループと、参加者と支援者の広範なネットワーク、愛とその実践に関する知識と経験のひとまとまりを集めてきた。わたしたちは既存のネットワークと連帯チームに依拠し、互いに愛のある会話に参加するように招いた。そうすることで、わたしたちはウーロンゴンを構成する小さな愛のあるコミュニティのマルティチュードの間の紐帯を強化することを助けた。今日、わたしたちはラブ・フェスティバルとその背景にある考えについての本づくりで、この連帯チームのネットワークを育てることを継続している。ラブ・フェスティバルは参加者のわたしたちの生のすべてにおいて重要なイベントになっており、このプロジェクトに関する継続中の仕事は、ラブ・フェスティバルにおいて生成された知識、経験、関係をわたしたちの生と闘争に統合することで、わたしたちの生に意味を与えている。

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